源氏物語1000年に思う
源氏物語が完成していたとされる記録から1000年の今年、源氏物語イヤーである。
わたしの源氏物語との出会いは、「あさきゆめみし」。「はいからさんが通る」の熱狂的なファンだった私は、もうこの平安ロマンに完全にはまってしまった。それから中学3年で、与謝野晶子版の現代語訳を読み、感想文を書いた。人生でももっとも文才があったころで読書感想文はあまりに子供っぽくないということで、選ばれもしなかったという屈辱をもつ。(今でもたまに読み返すが、あのころの文章力はどこに行ってしまったのだろう?)
源氏物語関連のエッセイも大好きで、さまざまなものを読んだ。最近で面白かったのは「「ブス論」で読む源氏物語」大塚ひかり。源氏物語でも大きな役割を果たすブスたち(末摘花や花散里など)を、真面目にかつポジティブに解説。わたしはこの本を読んで、ブスであることに心から誇りを持てた。
あと、物語形式になっているのはどうも読みこなせないという人にお勧めなのが、瀬戸内寂聴の「女人源氏物語(集英社文庫)」。これは登場する女性たちが独白のオムニバス形式をとる。私は源氏物語の主人公である紫の上がどうしても好きになれなかったのだけど、これを読んで、まあまあ好きになった。
そして、ある程度源氏物語が頭に入っている人にお勧めなのが最近読んだ「源氏物語の時代―一条天皇と后たちのものがたり (朝日選書 820) (朝日選書 820)」
天皇というどの時代にも自分の愛よりも優先すべき義務のある立場にいながら、職務を全うし、かつ定子という一人の女性との純愛に生きた稀有なる天皇である、一条天皇。そして、父親である藤原道隆の庇護の元、絶頂の待遇から父の死による没落により、文字通り天国と地獄を見ながらも、いつもユーモアを忘れなかった、運命の女性定子。藤原道長の出世の切り札として大切に育てられ、定子の出産と同時期に最年少に輿入れした深窓の姫君彰子。この3人と、定子づき女房の清少納言、彰子づきの女房の紫式部、おもに5人の人生が語られる。
一条天皇と定子の結びつきの強さはよく語られているので、なんとなく知ってはいたが、何より今回衝撃的だったのは、彰子の人生。この本、一条天皇と定子の純愛物語に加えて、彰子という姫君の成長物語でもあるのだ。
たいへん筆致を抑えた消極的な書き方をしている。事実だけを列挙している。しかし抑えれば抑えるほど、彰子がどれほど一条を敬愛し、一条が心から愛した定子をも素直に敬愛したかが、うかがい知れるのだ。定子の遺児への配慮。世継ぎ問題についての栄花物語の記述は筆者も言うとおり、誇張があったかもしれない。しかし、彰子の次男の結婚については事実としてのこるだけに、雄弁だ。
男性一人をめぐって対立しあう二人の女性という構図は歴史上よく見られる。そして、二人の女性に成り立つ不思議な友情も、稀ながら存在するのだろう。その奇跡がここにある。
天皇家というものが今日までつながってきた過程で、彰子の一条へのゆるぎない敬愛が果たした役割を忘れないでほしいという祈りのような作者の気持ちが、最後の一節に表れているようで、なんともいえない切ない気持ちになったのだった。
ちなみに、源氏物語に出てくる女性の仲でもっとも好きなのは明石の上。娘、妻、母、と女性の役割をすべて全うし、親を、娘を、幸せにしていく、凛とした女性。映画化するなら在りし日の夏目雅子、最近なら柴咲コウにお願いしたい。
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なんだかパーティーの記事が続いて、「仕事しているの?」と思われるかもしれない。「さあ?」としか言えない。
今年の夏の読書といえばこれ。本当によかったぁ。

ブロガーとして多大なる影響をもつお二人。満を持しての共著「
今、複数のクライアントで話題になっているのが社内の「見える化」という問題。
9日から仕事始めです。実際には、ちゃんとお休み中も仕事していましたが。お互いの実家に行ったり、新潟でスキーしたりいいお正月でした。
はー、忙しかったです。というのも旅行のあおりで、締め切りやら何やらが、どどーんと私を襲ってきて、そりゃあもう大変。って、ただ怠けていただけか。
それが、見つけたのですよ。2006.7.27の朝日新聞朝刊 ののちゃんの自由研究に、ものすごく分かりやすい、民族分布の図を。




もうすぐ確定申告。最高のタイミングで発行されたのが、この


