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情報を発信する側と、情報を受信する側

この2つの面で、今回の納豆騒動は、だれもが反省するべきだろう。

わたしも以前、ちょっとした(笑)報道被害にあったので、いかにマスコミが「あったこと」ではなく「あったとマスコミが伝えたいこと」を報道しているかが身に沁みている。

しかしわたしもブログなどのツールを通じて、ひどく小規模であっても情報を発信する側。受信者としての反省だけでは、ことは足らない。

あと、月曜日と火曜日、自宅作業だったので、かなりフジテレビをつけっぱなしにしていた。もちろん今回の件を報道してはいたが、他局のような詳細さはなかった。

反省、検証、今後の理想像の構築を通じて、現在の地点(仮にA地点)と、近未来の理想地点(仮にB地点)の座標を認識することが重要だと思う。

しかし、どのマスコミもこういう問題があったときに、B地点へ移動していこうという姿勢があまり見られない。A地点でいつづけるために、おざなりの反省を繰り返しているようにしか見えないのは、穿ちすぎか。

そして、このような態度についても、人の振りみて我が振り直せだろうな。だれもが過ちを犯す。それはどうしようもない。わたしもたくさんの過ちを犯してきたし、これからも犯す。その後、どのようなアクションをとれるか、そして、それを自分や他人が忘れるまで反省している振りをして時間をやり過ごすか、常に変わることへのリマインドをし続けられるか、そこが勝負なのだろう。

話は戻るが、マスコミが変化するためには、まずは視聴者や読者が変化しなければいけないのかもしれないとも、思う。

ちなみに、今日(火曜日)は、納豆を4パック食べた。一人で買い支えてどうする。

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受信: Jan 25, 2007, 6:44:27 PM