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ホットブロガーライブに参加しました

ホットブロガー駒澤大学の山口さん、ガ島通信の藤代さん、小鳥ピヨピヨのいちるさん、みたいもんのいしたにさん、ネタフルのコグレさん、モデレーターは神田さん。そして、わたし。

終わってから知り合いに「あんまり話さなかったね」って、話せるわけないじゃん!↑の面々に伍してしゃべれるほどの論客ではありませんて。

楽屋裏から、「ブログのビジネス利用について、話すか、話さざるべきか」と、すでに議論がありました。

ブログに代表されるCGMをどうビジネスに利用していくかのアイデアを得るために、いらした方には、少々肩透かしだったと思いますが、でも、ある意味、いい感じのショックを与えることができたのでは?

CGMのビジネス利用については、私は2つの立場に立っている

・ブロガーとして、アドセンス・アフィリエイトのような間接利益は得ても、広告・原稿料のような直接利益を自サイトから得ることは極力避ける

・企業ブログのプロデューサーとして、ユーザーとのコラボレーションを考える

相反するようだが、一応自分の中には同居している。そして、思うことは、クチコミは結果であって目的ではない。企業ブログは企業の人間がまず思い切り楽しまないと、ユーザーはついてこない。顔の見える関係が、今以上に求められてくる。

そんなところかな。

ライブのなかで、コグレさんが言っていた「ライターにはなれない、こう書いてというようには書けない」という言葉が自分の自サイトのブログについて思っていることと同じで、腑に落ちた。素人と玄人という言葉。たぶん、コグレさんは、偉大なる素人で、予定調和前提のマスコミに代表される玄人に飽きた人たちが、素人を支持しているのかも。

書きたいことを書きたいときに書きたいように書く

わたしも、ブロガーとしては、とことん素人で行きたい。

恐れ多いライブだったが、楽屋や打ち上げ含めて、本当に楽しかった。神田さん、スタッフのみなさん、ご苦労様でした。

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美しい国より美しい星

美しい国より美しい星はー、忙しかったです。というのも旅行のあおりで、締め切りやら何やらが、どどーんと私を襲ってきて、そりゃあもう大変。って、ただ怠けていただけか。

ようやく10月からは落ちついたリズムで仕事ができそうです。

というわけで、安倍さんに変わりましたねぇ。美しい国は読んでいませんが、この2週間ばかり夢中になったのが、三島由紀夫の美しい星。

たまに無性に、三島が読みたくなる。

これ読んだことがあります?とにかく、かなりキッチュです。埼玉県の飯能市に住む家族。お父さんは火星から、お母さんは木星から、息子は水星、娘は金星から、それぞれ地球を救うという指名をもって地球に来たことにあるときいきなり気づく。それが冒頭で、そこから宇宙人であることを隠しつつも、地球を平和にするための努力を行うというストーリー。決して抱腹絶倒のコメディーではない。それどころか、まったくシリアスに物語りは進んでいく。

白眉は、最後のほうで交わされる、「敵」側との議論。この敵の論説がいちいち当たっている。

特に、宗教についての部分は、相当な迫力だ。

当時も異色作としてかなりの論争を呼んだそうだ。そうだろう。SFというよりも、何だろう。思想小説?

ちなみに、私がはじめて三島と出会ったのが、あるアンソロジーの冒頭を飾っていた「軽王子と衣通姫」。これは、本当に傑作だと思う。

文学というものが、頭や心を通り抜けて、体を透っていく。そんな体験だった。ずっとまた読みたいと探していたが、新潮文庫の「殉教」という短編集に入っているらしい。明日、買ってこよう。

日本語というものを母国語として育った幸福感を感じてください。

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セミナーの帰りに

セミナー都内某場所にて、セミナー講師。中小企業の経営者の勉強会によばれたのでした。ブログ率40%弱。こういうところでは、かなり通じるので、存分にしゃべることができて、楽しかった。ありがとうございました。

帰りに池袋の西武での北海道展による。すごい熱気。
いたるところで行列が。とくにいかめしの強烈なにおいに誘われて、並んでいる人々の長い行列。あれ、わたし好きですが、さすがに並ぶのはいやで、あきらべておやつを2,3買って帰る。

大宮のルミネによると、今日から10%オフの初日らしく、ものすごい人。久々にかわいいOLさんたちをたくさん見た。7時半にデパートにいるなんて珍しいですからね。>わたし。

みんな、かわいいなー。(^_^)

わたしは、リンパマッサージ。極楽。おばさんは疲れたからね。だけど、エステから出てくるのは、みんなとっても若い子ばかり。若い子も疲れているのか?

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ウェブ2.0は夢か現実か?

ウェブ2.0は夢か現実か?―テレビ・新聞を呑み込むネットの破壊力今日は、インタビューのあと、ソニーのコンベンションに招待されたので、去年に続き参加。これは、またどこかで書きます。

ところで、以前、佐々木さんから送っていただいたウェブ2.0は夢か現実か?―テレビ・新聞を呑み込むネットの破壊力を、ようやく読み終わる。

以前のグーグル―Google 既存のビジネスを破壊する 文春新書が、既存のビジネスとWeb2.0を俯瞰した書き方であったのが、今回の本は、完全に既存ビジネスからみたWeb2.0を書いている気がする。

佐々木さんは、毎日新聞の捜査一課担当でもあっただけにお会いするとかなり鋭い感じの方なんですが、意外と(失礼)優しくて、フレンドリーな方でもあります。そして、何よりも率直。そのときに思ったことを、回りくどくない言い方で、言葉にする。

今回の本も、新しいビジネスの出現により翻弄されたり、驚愕したりと、今までの理屈から見たときの驚きを、とても素直に書かれている。

元になっているのはホットワイアードの2004年10月からの連載。

断片的ではあるけれど、言い切りがたのコラムだからこその、その徒然の忌憚のない嘆息があって、読み物としてとても面白い。ウェブ事件簿ともいえるような、後半が白眉。表現に誤解を与える部分があると、素直に誠実に謝罪するのも佐々木さんの特徴。

そして、230ページのモラルとルールについての部分は、たいへん興味深い。ライブドア事件の本質がさらりと書かれているように思う。そしてなんとなくmixiの隆盛にもこの話はつながるような気がするのは、私だけ?

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同時多発テロから、5年

それぞれの五年私の家の冷蔵庫には3枚の新聞記事がマグネットでとめてある。冷蔵庫に貼っておくのが一番目立つから。もっとも忘れたくないリマインダーの3枚の記事。ほかの2つはいつかご紹介するとして、今日はその一つを紹介したい。

この記事は、「腕の中には新たな希望」と、題された、2002年2月25日号のピープルの表紙。

2001年9月11日時点で、おなかに新たな命を宿していた女性たちが、夫の死後出産した赤ちゃんとともに写っている。

彼女たちが夫の死と直面してから、出産までの過程を思う。

この写真の中の女性の表情をひとりひとりよく見ると、笑っている人もいるし、にらみつけるような顔をしている人もいる。

そしてこの撮影からまた現在までどのような日々を生きてきたのだろう?そしてこれから、どう生きていくのだろう?

生まれながらにして父親をしらないこの赤ちゃんたちは、どう育っているだろう?

写真中央部には確かにターバンに髪を包んだイスラム系の女性がいる。彼女はどのような気持ちでこの撮影会に参加しただろう?

同時多発テロ。

この事件については、さまざまな立場からさまざまな意見があるだろう。わたしにとっては、この写真がもっともあの事件とリンクしている。もうすぐ5歳を迎える、この赤ちゃんたちが、どうか心から祝福されていますように。一足早く、アジアから、これから誕生日を徐々に迎える32人の、そしてこの写真には写っていないたくさんの子どもたちにささげます。「誕生日おめでとう。生まれてきてくれて本当にありがとう」

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祝!紀子様。そして揺れる心。

本当にめでたい。とにかく、ご苦労様でした。

祝賀ムード、いいですね。わたしも6日の夜は、久しぶりに祝杯をあげて、そのまま寝込んでしまいました。(疲れもあって)

いろいろと取りざたされる雅子様と紀子様。

2人の生き方は、あまりに対照的で、どうしても比較してしまうが、日本の女性が2つのタイプに分かれるというよりは、お二方双方の要素を、日本女性が多かれ少なかれ持っているのだろう。

そして、自分と共通点が多いほうに共感したり、かつ、共通点が多いからこそ反感をもったり、揺れ動いているというのが、もしかしたら今の日本女性の状況に一番合っているのかもしれないと、思う今日この頃。

今回のご出産。私は男子で本当によかったと思っている。とりあえず、時間を紀子様はくれたのだ。

これだけ連綿と続いたものを、何年かの議論で簡単に変えてしまうことは、やはりどうかと思う。

また、私はどちらかというとフェミニズムには疎いほうで、男女共同参画とか、男女同権とか、古い人間なのか、ちょっと違うかなぁと思ってしまうほうだ。男と女は違う。役割も違う。哺乳類という言葉が、もう、男女の役割がぜんぜん違うことを示しているし。だから、男女同権だから、即女性天皇、女系天皇というのは、飛躍しているんじゃないかなと、思ったりする。納得するには、もうちょっと時間がいる。(ちなみに、私は男女同権というよりは、男女違権=男女同等権≠男女差権という考え方を持っていますぅ)

違うからこそ、称え合う。尊重しあう。補い合う。求め合う。それが男女であり、人間じゃないかと。理想論でしょうが。

違うからこそ、称え合うという点では、もうひとつ。

今回のご出産が、「やはり男を産めということか」とか「いくつになっても努力すべし」という、女性へのプレッシャーになるというコメントをいくつか目にした。

結婚以来2年間不妊に悩み、娘に恵まれたものの、二人目不妊で一人っ子。長男に嫁したのに、役割を果たせない私から、どうしても言いたい。

期待にこたえて子供を生んだ人を、「できない人もいるのに」という理由で、快く賞賛できない気持ちわかります。でも、そういうのもうやめませんか?もちろん、そう思うことも自然なこと。わたしも心の中を丸裸にして、紀子様に嫉妬に似た気持ちがまったくないかといったら、実はないとは言い切れないところがある。

でも、運動会でビリになる子がかわいそうだから順位をつけないなんていうのとはもちろん次元は違うが、できない人が傷つくから、できた人を賞賛しないというのは、いつも疑問に思う。

子供を産むってたいへんなこと。そのときもたいへん。妊娠してから出産もたいへん。産んでからはもっとたいへん。気持ちよく称えてあげられないか。

もし、自分にできないことでも、違いがあるから、称え合える。そんな風にできないかと思うんです。

ああ、でもできないかもなぁ。

男の人はたぶん割と簡単に「紀子様、おめでとう」と言えるんだと思う。女の人は2極化していて、自分の中の母性と折り合いをつけることができていない女性は、簡単に紀子様を称えることができないのかもしれない。それはある意味当然のことなのかも。ここまで書いてきて、そう思えてきた。

そういえば、結婚してから妊娠するまで、自分より後に結婚した芸能人が妊娠したというニュースが流れるたびに、思いっきり泣いたことを、今、思い出した。気持ちよく称えられないって、昔の私そのものじゃん。わたしが今、紀子様を心から祝福できるのは、もう子供を産むことをあきらめていて、諦めるということで自分の母性と折り合いをつけているからかもしれない。

うーん。それでいいのか?紀子様と同じ丙午(ひのえうま)生まれの私。

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